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2014年8月13日 (水)

憂鬱な帰省

明日から、実家に帰ってこようと思います。

やはり正月・盆くらいは、帰りたい。

っていうくらい、普段は帰らないですね~。割と近くに住んでるんですけど。

原因は、やっぱり、息子の存在。何かとトラブルを生みますから。(まあ、振り返ってみると、それだけじゃない気もするんですけど^^;;)

実家には、甥っ子たちがいるんですが、今まで、甥っ子たちと息子が遊べる物を知恵を絞って持って行ったり、甥っ子たちと一生懸命遊んでやったり、いろいろ工夫はしてきたんですけど。

何かを共有しよう作戦は、甥っ子たちがあっという間に成長してしまい、これからますます通用しなくなりそうです。

加えて、本人や家族が、止めたい(止めさせたい)と思っていてできないこと、やたらとウロウロする、意味もなく水を出して触る、ちょっとしたことで興奮して大声を出す etc・・、そいうことが、その場にいる人たちの琴線にどうしても触れてしまうんですよね。

だから、毎回、覚悟の帰省です(笑)

そんなみんなの空気など、全く関係ないおめでた息子は、ものすごい楽しみにしてますけどね。

先日の講演会で、「出会う人みんなに理解してもらおうとしないで、受け入れてくれる人とだけ付き合う」というお話がありました。

とはいえ、私にとっては血を分けた親兄弟ですし、これからも何とか付き合っていきたいと思っているのですが。息子がこういう子どもであることは、だいたい分かってくれていて、でも、受け入れてくれるかどうかは、それこそ、一人一人の感性に任せられるところで。

今回は、対して策もない。時間を短くして、息子がワルモノになる時間はなるべく少なく。

お母さんの夢は、親兄弟と、腹を割って息子のことを話せる時間と心のゆとりが持てるようになることかな。今まで、どちらもなかったな。

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2014年8月 3日 (日)

折り合いをつけること・結果は後のお楽しみ

先日、縁があって、発達障害の子どもに対する支援を考える講演会に参加することができました。

そこで、先輩ママさんの貴重な講演を聴くことができました。

お子さんたちが、すでに、成人していらっしゃると言うことで、就労についてのお話が聞けたのは、特にありがたかったです。

息子は、今小学5年生ですが、遠い未来ではないのですよね。ホントに、子育ての期間って、長いようで短い。

いつか社会に出て行く日のために、今何をしたらいいのかなって、現実味を帯びて感じます。でも、ポイントを絞るのって、難しいんですよねぇ。

たくさんの示唆に富んだお話がありましたが、その中で、私の心の引き出しにしまっておきたい言葉がふたつ。

子どもの特性に寄り添って、「上手く折り合いをつける」こと。

将来を見越して、改善してあげた方がよいこだわりや特性。わかっちゃいるけど、なかなかこちらの思うようには、進んでいかないんですよねぇ・・。

現実に、一緒に生活していると、こっちの方がまいっちゃうこともありますしね。

諦めちゃってもダメだし、結果を求めすぎてもお互い苦しくなる。

だから、「結果は後のお楽しみ」ーなのでしょうか。

ここまで育ててきて、体感として分かることですが、気がつくとヒートアップしていく私には、やはりいつでも必要な時に取り出しておけるようにしておきたい言葉たちです。

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2014年7月21日 (月)

ぽこんと

決定的なことが起こったわけでもなく、それでも、気がつくと、真っ直ぐな道にぽこんと穴が開いていて、そこに落ち込んでしまったような、そういう期間があります。

振り返れば、幼い誰かの心ないひとことであったり、どう繕っても目立ってしまう息子とのお出かけだったり。

越えようとずっと努力しても、やっぱり傷つくことからは、逃れられない。

でも、優しい人もたくさんいるよ。温かく接してくれる人。家族。

本当は、感謝感謝で、感謝することによって、自分の立ち位置の見方を変えることだってできると思うんだけど、自分への言い訳のような、そんな空寂しさも感じる。

ガマンして、向き合って、地道にやっていくしかないと思うんだけどね。

制約を受ける自分。変わらざるを得なかったもの。そんなことばかりが頭に浮かぶ、そんな夜の道。

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2013年8月15日 (木)

今さら思うこと

この夏、大学で教員免許更新の講習を受けています。必修で2日間、選択で3日間の計5日間のハードな研修です。

そのうちの一つで、息子がずっと続けている「親子ムーブメント教室」の主催の先生が、講義をされると言うことで、その講義を受けてきました。

もちろん、自分が受けたいから受けた講義なのですが、何か、嫌な予感がしてて・・・。

たくさん教員の皆さんが受けておられる中、多分、発達障害を持つ子の親は、私だけじゃないかと思うんですよね。

だから、もちろん、講義は理論的で分かりやすくて、今まで続けてきたムーブメント教育には、そういう意味があったのかって、すごくよく分かって。

だからこそ、そのねらいと真逆なことをしてきた母親としての自分の後悔が、ぐっとのしかかってきて。

そんな複雑な気持ちで、講義を聴いていました。

子供の発達は、イメージとしては、螺旋状と考えるといいそうです。一つのことができたから、階段状に次の階段によじ登っていくというよりは、充分にその時点での発達課題を獲得すると、自然と次の段階に進んでいく、そういう緩やかな螺旋。

親は、ついつい「這えば立て 立てば歩け」で、この子が次の段階に進むためには、これこれができるためにはって、次々に用意してしまう。

だから、ムーブメントの時も、つい「ほら、やってみて!」「がんばって!」って、戸惑う息子を追い立ててしまうんですよね。

そうなると、お互いにつらい面があるから、正直、疑問だった。

でも、今、できることを充分に味わわせてあげること。そこに、視点を移してみたら、何かもっと違う取り組み方ができそうです。

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ムーブメント教育のねらう「力」など、とてもとても今ここで、私などが書けるはずもありませんが、講義であげられていたひとつに、感覚運動の技能や身体意識の獲得があげられていました。

説明や具体例を聞くうちに、乳児から幼児の頃に、充分に経験して獲得しておかなければならなかったそういう部分が、息子には、不十分だっただろうなと思いました。

先生の説明の中で、翻訳家の「ニキ リンコ」さんのお話がありました。ニキさんは、高機能自閉症であることを告白していらっしゃいます。

その方のお話の中で、「私は、お腹がすいたということが分からない」というエピソードがありました。

体の感覚が整理できないのだそうです。

なんか、お腹がもぞもぞするけれど、と思って、時計を見て時間を確認して、「ああ、私は、今お腹がすいているんだ」と理解する。

もし、私に息子のような子供がいなかったなら、何のことかチンプンカンプンだったと思います。

でも、息子に当てはめてみると、すごくよく分かる。

息子は、排便の感覚を掴むまで、とても時間がかかりました。失敗をして、部屋中を汚し、私にさんざん叱られた時、息子は、さらにお尻の穴に指を入れるという奇行をするようになりました。

私は意味が分からず、「どうしてこんな汚いことをするのか」とさんざん息子を責めました。この子が自信を失っていて、感覚で分からない所を、手で触って確かめているんだと、私がふと気がついたのは、しばらくたってのことでした。

私が気づいてあげられるまで、息子にとって、排便自体が、自分でコントロールできない不安で仕方ないものだったと思います。

息子がリラックスしてトイレに行けるようになるまで、本当に長い時間がかかりました。

また、息子は、ちょっとしたことでハイテンションになってしまい、奇声やゲラゲラ笑いが止められなくなることがあります。

あんまり続くと、こっちも迷惑だし、外ではとてもとても目立つので、ついきつく叱ることが増えてしまいます。すると、息子は、頭や首の部分を触って、「ピッ。もうスイッチを切ったから、ゲラ男はどこかに行っちゃったと思うよ。」と必死に言います。(でも、治らないことがほとんど(-_-))

まるで、自分の体の中に、もう一人の違う人がいるみたいな言い方を、息子はよくします。

自分では、コントロールしにくい自分の体。感覚。

それは、もしかすると、私たちも病気になったり、歳をとったり、日常でも経験することなのかもしれませんが、やはり生まれながらにして、苦手なんだと、こちら側も、理解してあげなくてはと思います。

自分の体は、触ることで、はじめてその存在を意識され、自分の体を使うことでしか、体の感覚を整理したり、空間を把握したりする力は、獲得することができないのだそうです。

だから、赤ん坊の体を、優しく触ってやること。これには、すごく意味がある。

今からでも、間に合うかな?

子供の体を、優しく、時には、楽しく触ってあげること。愛情をこめて。

ちょっと、意識してスキンシップを図ろうと、今さら思っています。

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2012年10月25日 (木)

決め手は、宇津救命丸か?

先日、息子の授業参観がありました。

「いつもの授業を見て頂きたいと思っています」との先生のお考えで、息子のクラスでは、それぞれ個別のプリント学習に取り組む様子を見てきました。

いつものことながら、たった1時間なのに、いろんな事が起こる息子のクラス・・

唯一のクラスメートの1年生さんは、お母さんが来られると、ついつい甘えが出て泣き出してしまい、うちの息子がそれを見て笑い続けるので、母(私)に思いっきりダメ出しをされ・・

極めつけは、うちの息子の「眠い眠いグズリ」・・

先生方からは、ず~~~っと聞かされてはいましたが、本当に眠いらしく、こちらが、どう働きかけても、ぐで~~~、グズグズ、涙涙・・

・・・1週間の半分以上の日でこうして、授業中に泣いているみたいで、こりゃ~、学習が進まないわけだよ。先生、本当にお世話をおかけしています・・

しばらくすると甘えグズリから、立ち直って、さっさとプリントを進めていく1年生さんがうらやましい~

この眠気の原因について、少し話もしてきました。

寒冷じんましんの薬?学習が難しい?「また眠くなるかもしれない」という自己暗示にかかっている?・・・などなど。

でも、息子の様子を見ていると、根本的に、「6時間の授業を受ける体力がない」ってところを認めないとと思いました。

息子が小さいときから、体の緊張が足りない、低緊張を指摘されてきました。要するに、体を支えておく、基本的な力が、まだ不足しているのかもしれません。

それに、朝早くからの集団登校、たくさんの子供達が集まってくれる放課後の遊び。

全部、良かれと思って、私も頑張ってきたことですが、息子にとっては、過剰な刺激と体力の消耗につながっているのかもしれません。

夜は、8時半には寝かせて朝6時に起床。9時間半の睡眠は、決して短いとは思いませんが、息子にとっては充分疲れが取れないのかも。

とはいえ、集団登校も近所の子供達との遊びも、今では、息子にとって大切な生活リズムの一部です。(それぞれに、問題も多いですけど(-_-))

とりあえず、夜の睡眠の質の向上に取り組もうかなと思っています。

で、効果があるかどうか分かりませんが、「宇津救命丸」を買ってきてみました。

そうそう。♪夜泣きに、かんむし、子供は怪獣だ~♪ってやつです。

調べてみると、小さな子供が夜泣きする原因は、「昼間に刺激を多く受けすぎていて、脳が興奮した状態だから」・・かもしれないそうで、息子9歳ですが、何かあてはまらなくもなさそうな。いや、夜泣きはしませんよ。さすがに。

また、もう一つの大きな効能に、「胃腸虚弱」。すぐ、お腹をこわして「下痢」をする。

ピンポンピンポン!うちの子じゃん!

というわけで、早速薬局で買ってきて、飲ませてみました。基本的に、赤ちゃんのための薬で、副作用などもあまり心配しなくても良さそうだし、生薬だから、即効性はないけれど、長く飲み続けることで、体質の改善を図ることが目的のようだし。

何か、いい作用があると良いな。素人判断だから、あんまり期待しない方が良いのかもしれないけど。

しかし、「宇津救命丸」って、ものすごく粒が小さいです!8歳から11歳は、15粒も飲ませなきゃいけないので、数数えるのが大変っす。なんか、工夫して欲しいです。こんなたくさんのませる人はあんまりいないのかもしれないけど。^^;;

そして、最大の課題!親も早く寝る!

・・・これが、できそうでできないんだな~

また、何か良い変化があったら、お知らせします。

Tounoueno

息子が、教室で作った積み木の作品。

これね~、「塔の上のラプンツェル」で、ラプンツェルが閉じこめられていた塔、なんですって。

白いアヒルがラプンツェルで、トラがユージーン。

この映画を見て頂いていない方には、ちょっとイメージしにくいんですが、毎日繰り返し見せられている私には、ちょっと感動ものの出来映えです。

先生はご存じなかったようなので、息子が一人で、自分の中のイメージを表現したんだと思うと、涙が出るほど感動しました。

参観授業の後の音楽鑑賞会(全校生徒と親)でも、とっても楽しそうに観賞してました。終わった後、このクラスのふたりが言った言葉。

1年生さん「僕は、大きくなったら太鼓をたたく人になる!」。うちの息子3年生。「じゃ、僕は、ラッパを吹く人!」

・・・ああ、かわいい。愛すべき支援級。皆様、ありがとうございます。

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2012年9月24日 (月)

集団登校の葛藤

先日もチラッと書きましたが、息子の集団登校、まだまだ不安定です。

9月の初めのことなんですが、近所の子供達から、息子が同じ集団登校の子からわざと転ばされていることや、階段付近でもたもたしていて、6年生から「グズグズするなよ!おっせ~な~。」などの乱暴な言葉を言われたことを聞かされました。

すぐに、連絡帳で先生に知らせて、対処して頂いたのですが。

単純に、表面に現れている行動の善し悪しだけで、解決できる問題ではないですよね。そういうことをする子達にも、言い分があるわけで。っていうか、息子にも問題大有りなんでねぇ・・。

そういうことで、とりあえず、息子の集団登校の様子を、2,3日見てきました。

結論。やっぱり、結構周りの子にストレス賭けてるみたいです・・。母ちゃん、見て見ぬふりをしてきて、ごめんなさい・・。

まず子供達から聞かされたのは、「何度も同じ話をしつこくしてくる!」

毎日、「今日は遊べるよ~。よかったら、遊びに来て~。」って繰り返し、言う。うんうん。おばちゃん、目に浮かぶよ。その光景・・。

「分かったって!」って言っても、またすぐ始まっちゃうんだよね・・。

言われてる方も、しんどいけど、周りで見てる子も、「あ~、またやってる。」って思うとストレスだよね・・。

そして、班長さんに率直な感想を聞いたところ、「すぐ、道にはみ出しちゃって、真っ直ぐ歩いてくれないのが大変。できれば、時々、おばちゃんに付き添って欲しい。」

・・・はい。ごめんなさい。

これは親として、付き添わなくてはって思うんですが、今度は、息子が強固に反対します。

「一人で行ける!見に来ないで!」

で、気になりつつも、付き添いの足が遠のいているのです。

息子にしてみれば、誰かの助けなしで一人でできることが、誇りになっているでしょうし、母が来るといつも何のかんのとだめ出しされちゃうから、嫌なんでしょうね・・。

何とか、息子のプライドを傷つけず、周りの子達の理解も得られるように、いい手はないものか。

集団登校のことをいろいろ考えていると、ノーマライゼーションとか障害を持つ人の社会とのつながりについて、思いが至ります。

負担が増えれば、どんなに正論を言われても、うんざりするのが率直な感情のような気がします。

そういえば、同じ班の上級生の子が言っていました。「でも、○○(息子)、歩くのは速くなってきたよな。」

そう言って、「ありがとう。あなたのお陰だよ。」って、母を感激させた後で、あの恐ろしい発言もしてましたが。「運動会で、○○たち障害者と同じ団になってサイアク・・」

むろん、彼にも指導が入ったことは言うまでもありませんが、何というか、息子との生身のふれあいの中から、その子が思う率直な思いには違いないのです。

学期の終わりに、彼らが何かの美談のように、「嫌だなって思うこともあったけど、○○ちゃんも頑張っているし、同じ班になって良かったよ。」って笑顔では言ってくれないでしょう。現実は、もっとシビアで子供とはいえ人の心は複雑ですよね。

そう言う中に、あえて息子を置くことの是非。

「真っ直ぐに歩く」などは、言って聞かせることができ、いつかできるようになったとしても、「同じ事をしつこく言わない」などは、息子には通じないでしょう。

息子があこがれて止まない子供同士の些細な会話。楽しそうなおしゃべり。それを求めれば求めるほど、息子は煙たがられるでしょうしね。

本当に、付き添わなくても、気持ちが解放されることはないです。

これからも、注意深く、様子を見守っていかなければならないでしょう。子供達に「それは違うよ。どんな理由があってもしちゃダメなことだし、言っちゃダメなことだよ。」ってことは、伝えていかなければならないでしょうし、その反面、やっぱり感謝の気持ちを表していくとがとても大切だろうなと思います。

このコミュニティーの中で生きるために、ジリジリとした戦いは続きます。

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2012年9月20日 (木)

命の選択~NHKスペシャル 出生前診断その時夫婦は~

昨夜遅く、再放送で見ました。詳しくはこちら

出生前診断ということの賛否についても、深く考えさせられたし、めぐりめぐって、障害児(者)の生きる権利というか、そう言うことについても思いをはせました。

母として、ここまで知的な遅れのある子供を育ててきて、つらくなかったと言えば、絶対に嘘になり(いや、今もツライこっちゃツライ)、自分たちが亡き後の子のことを思えば、不安で胸がつぶれそうです。

それでも、最終的にたどりつく思いは、子供に障害があろうが無かろうが、親の思いに、それほど差があるだろうかと言うことです。

(もちろん、育てる労力は全然違うのでしょうが。←障害児しか育てたことがないので分からない^^;;)

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妊娠中の子供に障害があると分かった場合、8割以上の夫婦が中絶を希望するのだそうです。

親としての責任(子供を最後まで面倒見られないかもしれない)、家族への負担(兄弟児や自分たちの親)、経済的理由。

個別に、みんな多くの事情を抱えていて、中絶という選択に安易に異を唱えるものではありませんが、「生むのか生まないのか」究極の葛藤の中で、出産という選択をした2組の夫婦の歩みが紹介されていました。

あるご夫婦は、出生前診断専門のクリニックで、お腹の子がダウン症であることを知り、すでにいる子供達のことも考え、中絶の決断をします。

中絶のため入院し、処置を受け(胎児が既に大きく成長している場合は、陣痛促進剤を使って3日かかって産み落とすのだそうです)、その最初の夜に、お母さんはこれが本当に許されることなのかどうか、悩み苦しみます。

出生前診断をした医師にメールを送り、心の内を打ち明け、「苦しいのなら、明日の処置はしなくても良いのですよ。」とアドバイスを受けて、中絶を止めるのです。

その後、無事、出産にいたり、兄弟たちとダウン症の可愛い赤ちゃんと、家族の今が映されていました。最後にダンナさんのコメントが流れたのですが、それが、とてもうなずけるのです。

「あの時、お腹の中の子を殺すという選択をしなくてよくなって、ほっとした。」

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もう一組のご夫婦は、奥さん自身に障害があって、待望の第一子の赤ちゃんにも障害があることが分かりました。

「産むか産まないか」両家の両親を含めて、長い長い家族会議が行われました。

私は、奥さんのお母さんは、「なんとかなるよ。」と言ってあげるのではないかと思っていました。「私にできたんだから。」と。

でも、その方は違っていました。障害のある子を育てた辛さを、自分の子に味わわせたくないと言います。「産みなさい!」と言ってあげる勇気がないと。

奥さんは、ただただ涙を流し、「申し訳ない」と繰り返していました。

「申し訳ない」ことなんか何もないのに。本当に、痛々しかった。

結論を出すきっかけになったのは、ダンナさんのお母さんでした。

中絶の説明の途中に、倒れ込んでしまったお嫁さんを見て、「とにかく、いじらしかった。」と言います。そして、「この言葉を言ってあげられるのは、私しかない。」と思ったのだそうです。

「産んでもいいんだよ。」

そして、無事可愛い赤ちゃんが生まれました。ご家族みんなで、助け合って子育てをされているんだそうです。

この奥さんの最後のコメントが、私は一生忘れられないだろうと思う。

「障害を持って生きると言うことは、つらいことが多いけれど、日常の生活の中に、希望や楽しいことがたくさんあって、そういうことが感じられる子供に育ってもらいたい。」

自分自身が、障害を持つが故の不自由、葛藤を乗り越えて、同じく障害のあるわが子に伝えたいことが、「生きる希望」であったことに、私は、涙せずにはいられませんでした。

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日々の子育ての中で、「なぜこの子を育てるのか」分からなくなってしまうことがあります。

子供を育てるのに、理由なんか無いんですよね。

五体満足だから、どこも悪いところがないから、大体みんなと同じだから、将来社会に出てやっていけそうだから、育てるわけじゃない。

命の重さに、軽重があるわけもなく、それは、成長してからも同じ。

私も、毎日、息子が置かれている環境に一喜一憂しているけれど、例え、いろいろなことを言われても、つらいことが多くても、負けないで生きていってほしいと思う。

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2012年9月19日 (水)

何よりも、まず感謝の言葉を(3)

そんなわけで、新学期早々、遊びに来てくれる人がいなくなったので、静かだったわが家。

それはそれで、仕方ないことだと割り切っていたけれど、でも、親子二人っきりの放課後は、間が持たなくてツライ。ラクだけど。

しかも、彼らが来ないと、情報が全く入らない・・ので、心理的に不安。

と思っていたら、そのお人形隠し事件とは関係ない子達と外で遊んでいたことがきっかけで、ポツリポツリと常連さんも集まってきて、1週間もしない間に、また賑やかな毎日が帰ってきました。

いろいろと棚上げだけど、何はともあれ、どこかホッとする母ちゃん。

その子らの一人が、久々に来た第一声で、「ごめ~ん。運動会の団活動で、学校から帰るのが遅くなっちゃって、全然、遊びに来れなかったよ~。」って言ってくれて、心打たれましたよ~。

子供らの方が気を使ってくれてる。私の顔色、ちょっと覗いつつ、息子への接し方も、気を使ってくれてる。

それが、いいことかどうか分からないけれど、これは、やっぱり、感謝だなって思う。親御さんはどう思われ、息子とわが家という環境について、どんな話をされたのだろうか。

ありがたいことだなって思う。

子供達とも、久しぶりにいろいろな話をしました。

集団登校の時の情報も入ってきて、息子がわざと転ばされたことや、階段でもたもたしていて、上級生から「早くしろよ!」と怒鳴られたことや。

「でもね~、私たちすぐ、○○君の所に行って、「大丈夫?」って言ってあげたよ。こんなことがないように、なるべく近くを歩いてあげとるよ。」って。

ありがとね~~~~

(その後の集団登校のことについては、機会があればまた記事にしたいと思います。)

それから、率直な疑問も投げかけられました。

Aちゃん「おばちゃんは、自分の子供と私たちとどっちが大事なん?」

Bちゃん「そりゃ~、自分が産んだ子供だよ。自分の子供が何よりも大事だって、うちのお母さんもいっとったよ。」

・・・なんか苦笑いしてごまかしちゃいましたが、要するに彼らなりに、私が彼らを大事にするのは、息子のためだけなのかと言うことが言いたいのかなと。

言えなかったけれど、おばちゃんの本音はね。

確かに、自分の子は可愛い。自分の子供に、害を与えるようなことは、許せないって思う。この子の味方になってって、願う気持ちは親として切実。でも、自分の子供のためだけに、彼らにできるだけのことをしてきたわけじゃない。

持ちつ持たれつの関係は否定できないけれど、私は、彼らの成長や幸せを、心から願っているし、これからも見守っていきたいって思っている。息子との関係を抜きに、今は彼らのことを考えられないけれど、それでも、彼らと仲良くなれたことを、私自身が心から感謝してる。

あと、息子についても。

「○○君ってさ~、何の障害なん?私たちより、何でもできんってことなん?できるようになるまで、時間がかかるってことなん?」

これまた、苦笑い。

「さあ~、それは、おばちゃんにも分かんないんだ~。^^;;」

子供らは、割と簡単に「障害」「障害者」という言葉を使います。

今朝も、集団登校を見に行って言われましたよ。「今年の運動会は、○○たち障害者と一緒だったから、勝てなかったんだ。最悪だよ~。」ってね。言われたこっちがサイアクだよ・・( ̄Д ̄;;

こう言うとき、いつもドキドキして、上手く対応できない自分が情けないよ。後から、ああ言えば良かったんじゃないか、聞いていた子はどう思ったか、息子は悲しい思いにならなかったかとか。いろいろ考えます。

機会を改めて、またじっくりこの辺を考えてみようかなって思います。

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2012年9月15日 (土)

何よりも、まず感謝の言葉を(2)

しーんと静まりかえるようになったわが家で、私は、いろいろ考えました。

今回の自分の対応が、大げさだったような気もしたし、おやつのことを持ち出したりして、親御さんに良い印象を持たれなかったんじゃないかとか。

自分が間違ったことをしたとは思わないけれど、息子が楽しみにしている時間を取り上げることになったんじゃないかとか。

結局の所、彼女たちに頼っている、息子の集団登校の参加はどうなるだろうかとか。

で、その間の息子の様子はと言えば、確かに、お友だちのことを口にして、「もう、誰も来てくれないのかなあ・・」と言ったりもするのですが、意外と、静かに母との時間を楽しんでいるようにも見えました。

お友だちが来ると、息子はどうしても、一人離れたところで、フラフープをトントンしているか、水遊びをしているかということが多く、私とお友だちの関わりが多くなってしまいます。

息子は、ヘンな話ですが、今まで、お友だちに遠慮してきたのかなあと。今まで、「一緒に遊べ遊べ!」で、そう言う側面に眼を向けてこなかったなと、改めて思ったりしました。

遊びのバラエティーも、少しずつ増えていて、赤ちゃんごっこに、女の子たちが大好きなレジのおもちゃを持ち出してきて、お店屋さんごっこの要素が入ってきたり。

そう言う息子の姿を見ていると、今までやってきたことは、必ずしも無駄ではなかったし、あの子達も、ちょこちょこと息子を遊びに参加させようと、いろいろ工夫してくれたりもしたよね~って、しみじみ思ったりして。

息子が好きそうなおもちゃを手作りしてくれたり、息子がいっしょに遊べると、みんなの顔も明るくなってさ~。

なんだかんだ言って、私があの子達に救われていたんだよねって思ったりして。

でも、その一方で、今回、子供達にすぎたところがあったことは事実だし、例え、これから先、今まで仲良くしてくれた子が、疎遠になったとしても、それはそれで仕方がないことかなとも思いました。

どういう関係が、望ましいかなんて、いくら頭で考えても分からない。

いろいろな問題を、お互いはらんでいても、子供時代の貴重な経験であることに変わりなく、それはそれで、やっぱりありがたかったって。

お友だち関連で何かあると、私はいつも、最終的にそこへ思いがたどりつくような気がします。それは、ある意味、とても恵まれていることなのだと思います。

その後の息子とお友だちの様子を、(3)で書きたいと思います。

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2012年9月14日 (金)

何よりも、まず感謝の言葉を(1)

夏休みが開けてすぐ、お友だち関連で、お互いの転機になるような出来事がありました。

夏休みも、近所の女の子たちを中心に、賑やかだったわが家。

本当にありがたかったのですが、なんといっても、夏休みは時間が長い・・。しかも、みんなヒマなので、連日・・。

こちらが、いろいろと負担なのは事実なのですが、子供達も子供なのでいつもよい子でいてくれるとは限りません。

そんな、なんとなくの疲労感の中で、ある日、遊びに来た子たちに、息子の大事にしている赤ちゃん人形の「ちいぽぽちゃん」を隠されるという事件が起こりました。

その日は、学校が始まったばかりで、放課後が長くて、なんとなく不穏な空気がありました。

息子のトイレタイムに、女の子たちが、ちゃかしについてきたり、息子へのからかいがひどいのです。

で、なんとか子供達が帰って、夜になり、そろそろお風呂に入って寝ようかと言うときに、息子が騒ぎ出しました。「ちいぽぽちゃんがいない!」

泣きながらウロウロする息子。一緒に心当たりを探すものの、全然見つからない。

そのうち息子が、「お友だちが隠したんだ!」と言い出します。

とてもとても大事にしている人形なので、無くなると言うことは考えにくく、私も、密かにその路線で、意図的に目につきにくい場所を探しました。

すると、ありましたよ。金魚の水槽が置いてある台の裏側。見えないように、押し込まれています。

誰かが、息子が困ること、悲しむことを前提に、隠したことは、その場所が物語っていました。

で、母、切れまして。

もう夜も8時になろうかという頃でしたが、泣いている息子を連れて、今日来ていた子の家を回ろうと。

しかし。ちょっと、思いとどまり、息子は家に置いて、母だけ「大事なお人形が見つからないんだけど、誰か知らない?」とカマかけ半分、親御さんへのアピール半分に各家に向かいました。

どこの家でも、親御さんは心配して丁寧に対応してくださいますが、子供達の答えは、そろって「知らない。」です。

私は、何とも言えない気持ちで、家に帰りました。

次の朝、その親御さんの何人かにお会いする機会があり、やっぱり隠されていたことと、わが家での子供達の過ごし方に問題があるかもしれないと話してみました。

おやつや飲み物も、子供達の中では、「出されて当たり前」みたいな雰囲気があったし。

私自身が、子供と遊んでもらいたいという本音があるが故に、どこか子供達に甘かったのかもしれないと。

親御さんたちは、みんな「隠したのは、自分の子供ではないと思うけど・・。」と言いつつ、私の気持ちも察してくださって、「また、家でも話してみるね。」と言ってくださいました。

そこから、数日、わが家に誰も遊びに来てくれない日が続きました。

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